寺子屋 だいせんじだより

「寺子屋 だいせんじだより」は、 前に進むための場所ではなく、 いったん立ち止まるためのだよりです。

明日の法話 老い〜鷲田清一さんから学ぶ〜

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

みなさん、どんな年明けを迎えられたでしょうか。
どうかこの一年が、みなさんにとって平穏な年でありますように。
なまんだぶ、なまんだぶ。

 

うちのお寺では、世話人さんの男チームで、毎月飲み会があります。
といっても、みなさん八十歳前後。うちの父も同じ年代です。

それぞれが日本酒を持ち寄って、
ちょっとしたおつまみを食べながら、
本当に他愛もない話をしているだけなんです。

私がUターンしてきたのが六年前ですから、
六年前は、みなさん六歳若かったわけですね。
父でいえば、六年前は六十六歳です。
六十六歳と聞くと、なんだかまだ若く感じますよね。

でも、この六年間で、
会話の内容も、体の様子も、少しずつ変わってきました。

 

まず増えたのは、
「誰々が亡くなった」という話です。
そしてやっぱり、体の話。
腰が痛い、膝が悪い、いや自分はまだ元気だ、なんて言いながら。

それから、何より増えたのが、
会の途中で寝てしまう人です。

お酒も入って、だんだん気持ちよくなってきて、
気づいたら、うとうと……。
そんな姿を見ながら、
ああ、みんな少しずつ老いてきているんだなあと感じます。

今日は、この「老い」について、
みなさんと一緒に考えてみたいと思います。

 

私は、まだ「老い」を当事者として強く感じる年齢ではありません。
でも、当事者ではないからこそ、
見えてくることもあるのではないか、
そんな思いでお話しさせていただきます。

 

「老」という字を使った言葉で、何が思い浮かぶでしょうか。

 

鷲田清一さんがこんなことを書いていました。

 

かつては、「長老」や「老師」というように、
尊敬と畏れのまなざしで見られていました。

私が以前住んでいたフィリピンでは、
今も年配の方への尊敬がとても強く残っています。

では、今の日本はどうでしょうか。

「老衰」「老廃」「老醜」――
どこか、みじめで、あわれで、
マイナスのイメージで語られることも少なくありません。

 

ある檀家さんが、こんなことを言われました。

足の具合が悪くて、
なかなか自分で移動ができない方です。

「まひとくん、ありがとうな。
もう厄介ばっかりかけてるわ。
ごめん、ごめん」

この言葉を聞いたとき、
私は胸が少し苦しくなりました。

「厄介ばっかりかけてる」
その奥には、
「こんな私でも、まだ生きていていいのだろうか」
そんな問いが潜んでいるように感じたからです。

 

いのちが黄昏れていく中で、
残りの時間を、
「迷惑をかけている存在」と思いながら生きることは、
とてもつらいことです。

なぜ、そんな思いが生まれてしまうのか。

それは、
「自分にはもう役割がない」
と感じてしまうからではないでしょうか。

 

長年働いてこられた方が、
定年を迎えたとき、
心にぽっかり穴が空いたようになることがあります。

働いていたときは、
誰かの期待があって、
それに応えることができた。

誰かの中に、
自分の役割があると感じられた。

それが、自分を支えていた。

 

老いるということは、
一人でできることが、
少しずつ減っていくということです。

すると、
「このままここにいてもいいのだろうか」
そんな問いが、生まれてしまう。

でも、これは決して
老いだけの問題ではありません。

子どもも、
働き盛りの人も、
私たちは皆、
同じ問いを抱えてしまいます。

 

なぜか。

私たちの社会が、
「何ができるか」
「何をしたか」で、
人の価値を測る社会だからです。

教育でも、仕事でも、
できることが評価され、
できないと、
自分の価値まで否定されたように感じてしまう。

「いるだけでいい」とは、
なかなか言えない社会です。

 

でも、かつては、
お年寄りにも、
最後まで居場所がありました。

それを、私はあるお宅で感じました。

 

美杉村に住む、百歳になる女性です。

年齢相応に、少しずつ弱っていかれましたが、
娘さん夫婦、
近くに住むお孫さん、ひ孫さんに囲まれて、
共に暮らしておられました。

昨年の夏、
静かに息を引き取られ、
私は枕経に伺いました。

ベッドの周りには、多くの家族。
ひ孫たちは、いつものように遊び回り、
ベッドに乗ったり、
なんと、その女性をまたいで通ったりもしていました。

亡くなってもなお、
そこに「いる」だけで、
家族とつながっている。

そんな空気が、確かにありました。

 

本来、私たちは、
いのちをいただき、
それを生きること自体が、
すでに役割だったはずです。

ところが、いつの間にか、
社会に役に立つかどうか、
何ができるかどうか、
そればかりを背負わされてきました。

 

阿弥陀のいのちを生きるとは、
何かを成し遂げることではありません。

老いて、
できなくなっていく私。
迷惑をかけてしまう私。

その私を含めて、
「そのままで生きよ」と、
すでに抱かれている。

そのことに、
気づかされていく道なのだと思います。

 

どうか、
老いても、弱っても、
「このままで生きていていい」と
すでに願われている身であることを、
共に聞かせていただきたいと思います。

なまんだぶ、なまんだぶ。

 

不器用

自利利他

 

自分のこと?他人のこと?

 

そんな雑な分け方だと、自分が苦しくなってしまう。49%が自分のため、51%は他者のため、そんなバランスがいいんだって思う。

 

誰かのために生きたい、社会のためになることがしたい、僕だってそう思うんだけど、内実は自分のことばっかり考えているのかもしれない。

 

誰かのためばかりになると苦しくなる。続かない。

 

自分のためばかりになると孤独になる。寂しくなる。

 

バランス良く生きることができたら、良い塩梅。でも、人生はそうは簡単ではない。

 

結局は、誰かのためにと頑張りすぎたり、自分のためだと利己的になったり、そんなことを繰り返しながら、時間が過ぎていくのだと思う。

 

不器用な人を、僕は信頼してしまう。

ハッピーエンドは苦手

なんだかんだで終わろうとしている2025年。

なぜか、ちょっと寂しいのは僕だけなんだろうか。

どんどん、歳をとっていく自分をまだ受け入れられなくて、眩しすぎる若者に嫉妬する。こんなに嫌な奴だったのかと、自分でもびっくりする。

 

思えば、若いときは目標とか、自分のビジョンなんかを持って生きようとしてきた。そのおかげで達成できたことも、自分自身を高めることだってできたと思う。

 

でも、僕の人生だって一筋縄でいかない。いつだって正しく生きることは僕にはできない。僕は、ぼろぼろになった人生に強く惹かれる。

 

ハッピーエンドの小説は苦手だなと思う。

 

 

めいわくかけて、ありがとう

どれだけ、いろんな人に迷惑をかけた人生だったんだろうと思う。

 

疎まれ、嫌われたことなんて数え切れない。

 

それでも、自分の存在が誰かに認められていた証だともいえる。

 

久しぶりに学校に行っても、誰からも声をかけてもらえなかった高校時代に比べるとましだ。匿名の誰かでいることが怖かった。

 

今は、家族もいて、寺子屋の子達もいて、友達だってわずかだけどいる。自分の存在が確かにここにある。その反動なのか、匿名の誰かになりたくて仕方がない時がある。自分のことを誰も知らない場所にいると妙に落ち着く。いや、酔っ払う。

 

中年真っ只中の男性が急に失踪することがあるという。

 

「齢を重ねるというのは、ひとつひとつできないこと、できなかったことが増えてゆくということだ。」これは鷲田清一さんの言葉。

 

思えばやりたかったのにできなかったこと、努力をさぼって辿り着けなかったことばかりが思い出される。中年になり、最後に抵抗したくなっている。僕はまだまだこんなんじゃないって・・・それなのに、今日もまたサボった1日が終わる。

 

そんな抵抗する気力も失った時、人はどこかに消えてやり直したいと思うのかもしれない。

 

そんな弱さを僕はずっと抱えていると思う。これからも、いろんな人に迷惑をかけて生きていくんだろう。

 

めいわくかけて、ありがとう。

 

たこ八郎の言葉が沁みる。そんな年末

祈る

毎朝、毎晩祈っているわけではない。

祈っても祈っても、目に見える世界が変わるわけでもない。

 

昨日、近所の檀家さんの家にお参りに行った。

いつも読むお経。

僕も、その人も意味だってよく分かっていない。

誰かが言ってたんだ。

「意味はわからなくても心を込めて一所懸命お唱えすればかならず通じるよ」

 

一所懸命お唱えすること。

僕はできているのかなぁ。

もっともっと汗だくで、唱えてた時だってあるのに。

 

だから、昨日は心を込めて読んでみたんだ。

変わったのは世界ではなく、

自分の心の中だった。

 

なんだか清々しい

そんな時間だったんだ

 

祈りは自分の世界の見え方を変えるのかもしれない

Eddieのこと

雨の日にバイクで運んでくれたEddie。
いつも笑顔でそばにいてくれたEddie。

彼がいなかったら、
きっとフィリピンは楽しくなかったんだと思う。

また協力隊に行きたいし、
また彼らに会いたい。

友達が弱ることで、
また結びつきが強くなる。

弱くなることが、
僕たちをまた結びつけている。

とても心配だけど、
なんかまたそばにいる気がする。

国籍を超えて、
僕たちはつながっている。

僕は彼を祈る。
彼はカトリックだけど、
お互いにそんなことは関係なさそうだ。

Prayという言葉でつながれる。

Eddieは、
「何人子どもがいるの?元気?」と聞いてくる。
ICUにいながらも、こちらを気遣う。

彼の優しさがうれしい。

言葉がうまく出てこないから、
早く切ってしまうけど、
これでいいんだと言い聞かす。

フィリピンでは、
病気になると一気に
経済的な難しさが出てきてしまう。

ドネーションできてよかった。

僕に今できること。
友達にお金をあげるぐらい、なんてことない。
命に関わるんだから。

しない方が後悔する。

話せてよかったよ。

はじめて、このブログに来てくださった方へ

このブログには、これまで活動報告や取り組み、
いわば「何をしてきたか」を書いた記事が多くあります。

お寺として、僧侶として、
どんな場所で、どんなことを考えてきたのかを
きちんと伝えたいと思ってきたからです。

ただ最近、
それだけでは届かない人がいるのではないか、
そんな違和感を感じるようになりました。

何かを学びたい人や、
正しい答えを知りたい人に向けた言葉は、
世の中にすでにたくさんあります。

けれど、
すぐに答えが出ないことを抱えたまま、
立ち止まっている人に向けた言葉は、
意外と少ないのかもしれません。

これからこのブログでは、
結論の出ていない問いや、
日々の中で引っかかったままの感覚を、
そのまま書いていこうと思います。

  • 子どもたちとのやりとりの中で、考えさせられたこと

  • 僧侶として、迷っていること

  • 生きることや、死ぬことについて、考え続けていること

誰かを導いたり、
何かを教えたりするつもりはありません。

自分自身も、まだ考えの途中にいるからです。

もし、
すぐに役立つ情報を探している方や、
はっきりした答えを求めている方には、
このブログは合わないかもしれません。

ただ、
少し立ち止まりたい方、
考える時間を持ちたい方、
自分の中の問いを、そのままにしておきたい方であれば、
気になる記事から、静かに読んでみてください。

これからも、
考え続けていることを、
少しずつ書いていきます。

この「だいせんじだより」は、
三重県伊賀市にある大仙寺の日々から生まれています。