寺子屋 大仙寺の日々是好日

三重県伊賀にあるお寺。大仙寺の寺子屋ブログです。探究型の寺子屋です。HP → https://www.iga-daisenji.org/

生きることが楽しいにつながることを目指す。

子どもが生き生きすると、それを見ている親も嬉しくなります。ボクも同じです。幼稚園が馴染めなかった娘が、友達の話を楽しそうにしているそれだけで、嬉しくなります。

 

「放課後、楽しみに行っている姿を見るのが嬉しい」という保護者からのメッセージは、ほんと嬉しかったです。

 

楽しい、好きというのは全ての基本です。だって、それは生きることが楽しいにつながるから。生きることが楽しいという経験があることは、ずっと人生を下支えしていくから。

 

いつか、寺子屋から子どもたちは卒業していくでしょう。その時に、何か楽しい記憶や学びの記憶が残ること。そんなことがあれば、幸せだなと思います。

肝試しプロジェクト終了

月曜チームも金曜チームも、肝試しをしました。18時というと、あたりは真っ暗です。お墓も真っ暗です。お化け役の子どもも、怖がってしまうという結果でした。

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「めっちゃ怖いから、一緒にいよよー。」素直に気持ちを言葉にする子がいます。

 

怖いから一人でいられなくなります。自然と、人との関わりが生まれます。一緒に支え合ったという共通体験が生まれます。楽しいことや、挑戦したいことって、つい分かち合いたくなるんですよね。こうやって、人と人の関係は深まっていく。そう感じるのです。当日までできるか不安だった子も、一緒にする仲間に支えられ、楽しんでいる姿もステキでした。

 

お客さんで来てくださった保護者の方が、こんなメッセージを送ってくれました。

 

「子ども達がやさしくて、とてもいい雰囲気でした。」

 

優しい雰囲気は、子ども達、みんなが作ってきたものだと思います。「仲良くしようねと」と言わなくても、いつの間にか一緒に遊んでいます。遊びの中で、喧嘩が起きることもあります。でも、その姿を見た4年生の男の子が、さっと場を和ませて、気持ちを切り替えようとする姿もありました。

 

子ども達は、自分たちが過ごしやすい環境を作っていく力がある。そんなことを感じました。子どもが自分らしく生き生きできていると、子どもの良さが発揮できるのだと思います。「怖かったけど、楽しかったわー。今日はトイレ行くの怖いなぁ。」そんなことを言える子を見て、ほのぼのします。毎週、みんなと会うことが楽しみです。

大仙寺のイラストができました。

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まんぷく食堂の寺中有希さんに、うちのお寺のイラストを描いていただきました。

mampuku-shokudo.amebaownd.com

どんな自分であっても、大仙寺ではそのままでいれるような、そんな場所を目指しています。

寺子屋もそうですし、両親がしているお話会や、日頃のお寺を舞台にした人のつながり。それら全てが、命を輝かせてくれます。

 

そんな想いを込めて。

 

大事なことは見えにくい

寺子屋や学校で、子ども達と過ごしていると、その子の思いやペースを大事にしようと寄り添えます。でも、自分の子になると、途端に不安になります。

 

この前、運動会がありました。年中のうちの娘は、最初から最後まで、誰とも話さず、ダンスも全く動きませんでした。日頃から、幼稚園の話もあまりしませんし、行きたくないということも何度もありました。

 

その度に、不安になりました。このまま、馴染めなかったらどうしようとか。いろんなことを心配してしまいます。自分の子となると、途端に冷静にいられなくなるのです。

 

そんな中、妻は娘を丸ごと受け止めています。そんなもんやんかーって。踊らない娘を面白がっています。幼稚園の先生が、あまりお友達と話しませんと教えてくれても、そんなもんやんかーで終わります。ボクはそんな妻にイライラすることもありました。

 

でも、立ち止まってみると、娘を自分の枠に当てはめて考えていたのはボクだったのです。自分の枠に当てはまらない娘のことを、勝手に不安になっていました。そのままの、娘を受け取ろう。ようやくそう思えるようになってきました。

 

ついつい、ボクは心配からか、先回りしてしまったり、干渉しすぎたりしてしまいます。でも、それはボクの不安の表れだなと思いました。教師としての自分は、決してそんなことはしません。いつも、子どもを待とうとできるし、そういう教育のあり方を大事にしています。でも、親となると途端に難しい。

 

これからも、先回りしてしまったり、干渉しすぎたりしちゃうと思います。でも、このタイミングで大事なことに気づけた気がするのです。

 

ボクができることは少なくて、それは機嫌良くいることなんだと思います。

 

完璧な親にはなれないし、感情的にだってなるけど、そんな自分にも花丸しようと思います。一人じゃない、みんなで子どもをみていけばいい。そう思っているんです。ついつい、ボクたちは、子どもの目に見える行動に目が行きます。でも、そこに隠された子どもの思いこそ大事なんだということ。そんなことを、寺子屋や子育てを通して学ばさせていただいているなぁと思うのです。

 

学校の先生にもお願いです。どうか、子どもの行動だけでなく、その裏の思いを大事にしてあげてほしいのです。

子どもを信じること

子どもを信じること

  • 作者:田中 茂樹
  • 発売日: 2019/04/10
  • メディア: 単行本
 

 

「学校行きたくない」という気分になったとき という首藤先生の文章を読んで思ったこと。

寺子屋サポーターでもあり、尊敬する先輩でもある、千葉大学名誉教授 首藤久義先生のFBから以下抜粋です。

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「学校行きたくない」という気分になったとき

「休みたい」という心の声が自分の内部から聞こえてくるとき、無理して出かけるのがいいか、無理しないで休むのがいいか?
肉体の病気の場合は、無理して出かけて重症化したり、最悪の事態に陥ったりする危険をおかさないほうがいいと私は言える。
症状が軽いうちに、休養を十分とって対処し、病気が治ってから出かけるほうがよいと、私は言えるし、人にもそう言うと思う。
しかし、肉体ではなく気持ちが「休みたい」と訴えているとき、まずは休んで、気力の回復を待とうという決断ができるだろうか?
これはなかなか判断が難しい。
自分の場合は、「休みたい」ときにはすぐに休むという選択をすることができる。
しかし、同じ決断を、自分以外の人に求めることができるだろうか?
人により、場合により、家庭により、人間関係によって、この判断は、分かれるだろう。
こういう悩みの場合、万人に通じる正解は無いように思う。
本人や本人を守る立場にある人が、自分や自分たちで、いろいろ考えたり、書物やネットや生身の人に相談して情報を得ながら、自分が納得できる方法をいろいろやってみるしかないのではないだろうか。
やりながら、その時々の結果に応じて、より良い方向に方向転換しながら進んでいくしかないのではないか。
私が今言えることは、ここまででしかない。

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人間が行う営みに正解はない。子育てにしても教育にしても、正解はない。その子のためにと思ったことが裏目に出ることだってある。そんな自分を責めなくていい。

だって、子どもを思う気持ちは純粋なんだから。失敗したり、うまくいったり、そんなことを繰り返していく中で、だんだん分かってくることがある。

 

子どもと過ごすというのは、自分自身も成長するということ。いつの時も変えられるのは、相手ではなくて自分自身。

 

あるがままのあなたを受け取る。

 

そのことの安心は、大きな力になる。ボクができることなんて、限られている。

 

そのままのあなたに花丸を。そう思って今日も子どもと過ごそう。

子どもをみとるということ

子どもをみとる

 

教育の世界では、子どもを理解しようとすることを、「みとる」と言います。

 

「みとり」については、いろんな考えがありますし、手法もあります。ボクも全ての子どもについて毎日日記を書いたこともありますし、特定の子どもを追っかけて記録をとったこともあります。

 

寺子屋サポーターでもある、横浜国大の石田喜美先生と学会で発表したこともありました。

kimilab.hateblo.jp

 

でも、結局は、子どものことは分からないのです。わかった気になるのがほんとに怖い。それは、あの子はこういう子だって自分の中のモノサシで判断することだからです。

 

でも、分からなくてもなんとか理解しようとい営み、これこそが、教育にかかわるものの仕事です。

 

結局、記録をとるしかないのです。寺子屋でも毎回、子どもの記録をとります。それをみながら、次はこうしようとか、振り返るわけです。これが、評価なんですよね。

 

このことを腑に落ちるまで、長くかかりました。子どもは分からない、いや、他者は分からない。そういう立場に立って、なんとか理解しようとしていく。それが大事だと思います。

自分のメガネで子どもを捉えていてはいけない。あるがままを、喜ぼう。

 

今、生きている、この不思議に手を合わす。こうやって出会えたこと。今、あなたが生きていること。それだけで、ありがとうだ。

寺子屋 秋のプロジェクト〜肝試し編〜

お墓ってなんだか夜は怖い・・・ボクは僧侶だけど、小さい頃は怖かったなぁ。とはいえ、仏教では生まれることも死ぬことも、同じ永遠のいのちのはたらきなんですよね。そういう意味では、お墓っていのちの集まり。温かい場所ともいえます。

 

さてさて、それはさておき。寺子屋小学生の部では、秋の夜に肝試しをするべくプロジェクトをスタートさせました。プロジェクトの肝はなんといっても目的。プロジェクト学習の大御所、キルパトリックはそれを「whole hearted purpose」と呼びました。訳すと、全身全霊で取り組むべき目的という意味になります。つまり、思わずやりたくなるような目的をプロジェクトの真ん中に置くということです。

 

今回であれば、「お化け屋敷を作ろう!」が目的になります。学校の中で、お化け屋敷を作る実践は何度かしてきました。2年生の生活科でも6年生の特別活動でも。それはそれは、夢中になります。懐かしいなぁ。

 

このプロジェクトを学びへと高めていく素案を作るのが、ボクの役割です。

寺子屋は言語の学びが中心ですので、こんなことを考えています。初回に子ども達から出てきたアイデアです。

 

□招待状を書こう(全員)

□お化け屋敷の設定の物語を書こう

□オリジナルポスターを描こう

□クイズラリーのカードを作ろう

□クイズを作ろう

 

十分に言語の学習になる材料が揃っているなぁと思います。招待状にしても、保護者の方に来て欲しいから、何をどう書くのかが明確になります。必然的に必要な事柄が盛り込まれるはず。

 

こういったプロジェクト学習の時の、ボクの役割は、簡単な見本を作ることです。例えば、招待状にしても、いくつかの見本を作ります。その際、すごい仕上がりのものでなくてもいい。子どもからツッコミが入るぐらいのものです。すごいものを作ると、それに引っ張られてしまいます。どうしてもすごい見本を見せたいなら、たくさん種類が異なったものを作って提示するといいと思います。

 

今回のプロジェクトでは、お墓の見取り図は子ども達に渡そうと思っています。時間があれば、それも子ども達が作るのがいいですが、今回は時短のため作ります。

 

また、ザッとお墓を歩きながら、どこがポイントになりそうなのか、みんなで散歩するのもボクの役割です。とにかく、イメージを膨らませることを手助けします。そこまで、できれば後は動き出すでしょう。

 

今回のボクの準備物

□紙 □マジック □地図 □懐中電灯 □ホワイトボード □ホワイトボードペン □クイズラリー見本 □招待状見本 □ポスター見本 □受付机 □スタンプ □マグネット □模造紙

 

こんな感じで、下準備をしておきます。後は、必要に応じて子どもが教えてくれると思います。今回は話し合いながら進めることが多いので、ちょんせいこさんの、ホワイトボードミーティングの手法を使って話し合いをします。

wbmf.info

 

話し合いを視覚化していきます。子ども達でも十分できるようになります。こうなると、ぐっと話し合いが深まるんですよね。

この本めっちゃいいです。愛用していました。 本もいいですが、実際にせいこさんの講座を受けてみるとその良さが体感できます。また、行きたいなぁ。

 

下準備をして、後は手放す。そんなことを大事にしたいと思っています。そして、子ども達の様子を記録すること。これも大事にしていこうと思います。

 

楽しみです。

 

寺子屋小学生の部に、ご興味のある方は、こちらに詳しく書いてありますのでご連絡下さい。

www.iga-daisenji.org